相変わらず、忙しく「ブログ」の更新がご無沙汰だが、大相撲の「大阪場所」が
始まっている。

2012年(平成24年)4月に大島親方が定年退職を控えており、「大島部屋」の動向が気になる。

以下、ウィキぺディアより。

1979年(昭和54年)9月場所限りで現役引退した立浪部屋(関脇・羽黒山)所属の大関・旭國は、年寄・大島を襲名して立浪部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっていたが、1980年(昭和55年)1月に立浪部屋から分家独立して大島部屋を創設した。同年3月場所に新弟子10人ばかりでスタートし、第63代横綱・旭富士をはじめ一代で多くの関取を育て、立浪一門の中核的な存在となっている。

大島親方と言えば「元大関」の旭國。
けっして、派手ではないが、「相撲通」にはこたえられない「いい力士」であった。
身体は小さいが、「粘り」の「相撲」には定評があった。

その「大島部屋」が閉鎖の危機を迎えている。

以下、ウィキぺディア

モンゴル出身の関脇・旭天鵬が、2007年(平成19年)に日本国籍を取得して師匠・大島親方と養子縁組すると共に、2012年(平成24年)4月の大島親方の定年退職を控えて部屋の後継者としての準備に入っていた。

だが2012年(平成24年)に入ってから旭天鵬自身が「もう少し(現役を)続けたい」と現役続行の意思[1]を固めたことから、大島親方の定年後、大島部屋を一旦閉鎖して解散する形を取る方向となっている[2]。



将来的には「旭天鵬」と思っていたが、この力士は「怪我」が少なく、まだまだ「相撲」が取れる。
「引退」は早いと思っていたので、やはりこの「流れ」も仕方ないかと思う。

しかし、今日の5日目を終わって「旭天鵬」は5敗である。
もしかしたら、潮丸(現東関親方)のような「ウルトラC」はないだろうか?

以下、ウィキぺディア

2009年(平成21年)5月場所限りで現役引退した東関部屋所属の幕内・潮丸は、12代東関の後継者として年寄・小野川を襲名して部屋付き親方として尽力していたが、同年6月に12代東関が停年(定年。以下同)退職を迎えると年寄・東関に名跡変更して東関部屋を継承した。



このケースもまさに「定年」を見越した、「仕方なし引退」的な感がある。

今回、「旭天鵬」が引退しないと言っていることは「評価」に値する。
この人は、「無事名馬」であり、40歳になっても取れると思うので、こういう「力士」が引退するのは
非常にもったいない。

だが、ここに「年寄制度」の難しさが「浮き彫り」になっており、「大相撲」が単なる「スポーツ」では
なく、「興行」であることの「意味」が隠されている。

この件については、改めてまた述べることにしよう。
「相撲」の世界は奥深いですよ(苦笑)

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