八代目 林家正蔵。

自伝「正蔵一代」(青蛙房)から74年刊「林家正蔵集 別巻」の新装改訂版が出た。

義理堅く律儀。そして、「とんがり」と言われる頑固で短気。
でも、何となく「気になる」 存在であった正蔵師匠。

この「正蔵一代」の本家本元、「林家正蔵集」を出す時のエピソード。

(以下芸能史研究家 山本進さん 談)

元々、青蛙房から「圓生全集」が出ていたため、「作品本位」で
「圓生全集」にある噺は除けようと言うことだったらしい。

しかし、正蔵は「文七元結」「火事息子」「中村仲蔵」の3つは
誰にも負けない「自負」を持っていた。
すでに、「文七元結」と「火事息子」は「圓生全集」に入っていた。

正蔵は「私が一番力を入れている噺なんだから残しておいてほしい」と。
譲らなかったそうだ。

正蔵と圓生の「火花を散らす関係」は有名な話だよね。

頑なに古い形を守る「正蔵」と古さを重んじながら「時流」に合わせる「圓生」
生き方の違いでもあった。

しかしながら、「圓生」がいて「正蔵」の存在意義もあったのかもしれない。

「圓生」が先に亡くなり年上の「正蔵」はその3年後に「鬼籍」となる。
この3年は「正蔵」の価値、再認識の時であった。
(談 山本進さん)

私は、「正蔵」の「文七元結」は聴いたことがないが「火事息子」や
「中村仲蔵」は「絶対に」「正蔵」に軍配を上げたい派である(笑)

なぜなら、これでもかと「人物描写」を説明する「圓生」の噺に「魅力」を
感じないからである。
正蔵の「噺」には「省略の美」があった。また、人間らしさがあった。
「聴くもの」に感じさせることも「落語」の楽しさである。

不器用だけど、何となく「おちゃめ」な「正蔵」
ライフワークであった、「芝居噺」は弟子の林家正雀さんが受け継いで
がんばっている。

「とんがり」 八代目林家正蔵 

私は、やはり「好き」である。

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