以下、産経新聞より

 日本相撲協会は20日の理事会で、大関魁皇(38)=本名・古賀博之、福岡県直方市出身、友綱部屋=の引退届と、年寄「浅香山」襲名願いを受理、魁皇の引退が正式に決まった。これを受けて魁皇は同日午後、名古屋市内のホテルで引退会見し、「あまり(引退の)実感はないが、一番最高の相撲人生を送れたと思う」と話した。

元々、友綱部屋は元小結・巴潟の時代の「魁輝」が新入幕になり
後の「友綱部屋」を継いだ経緯がある。
小さな「部屋」であったが、「魁輝」の人間性でいい力士を育てた。
その、最高傑作が「魁皇」であろう。

魁皇が引退した今、「友綱部屋」には「魁聖」という、新しい「逸材」も出てきた。
「魁聖」の入幕まで、「魁皇」が見届けられたのもよかったことだ思う。

魁皇は、結局「横綱」にはなれなかったが、逆にそれが「長いこと」相撲を取れた一因で
あることも、「皮肉」ではあるが、良かったことだと思う。

今後は、後進の指導として「部屋付き」の「親方」から仕事を始める。
是非、「魁皇」のように、「不器用」でも「相撲道」を突き進む「力士」を
育てて頂きたい。

何か、「最後の古風な力士」を失ってしまった、「喪失感」は否めない。
でも、少しづつ、「若手」が出てきているよ。
「高安」しかり、「富士東」しかり、「舛ノ山」しかり・・・

未来へ、「相撲」を活きづかせていかねばならないよね!!!


以下、スポニチより

東十両筆頭の舛ノ山が隆の山を上手投げで下し、8勝目をマーク。

 秋場所での新入幕を確実にした。相手の蹴たぐりの奇襲にも動じず、前に圧力をかけながら豪快に投げ捨てた。7日目から5連勝での給金直しに「蹴たぐりは予想通り。勝てて良かった」と満足顔。90年生まれの「平成組」で、引退した魁皇が初土俵を踏んだ時はまだ生まれていなかったが「できれば一緒に土俵入りしたかった」と残念そうに話した。



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