いつかは、覚悟していました。

でも、少し早かったかなあ。

(以下時事通信)

大相撲の大関魁皇(本名古賀博之、福岡県出身、友綱部屋)の現役引退が名古屋場所10日目の19日、決まった。土俵生活は23年余にわたり、38歳は琴ケ浜の35歳を抜いて戦後最年長の大関だった。今場所3勝7敗となって決意した。
 1988年春場所初土俵は貴乃花、若乃花兄弟や曙らと同期。全盛期は左四つからの上手投げなど豪快な相撲を取り、優勝5回。二子山勢や外国勢を相手に奮闘した。
 近年はけがや体力の衰えが目立ち、かど番も13度を数えた。何度も引退の危機を迎えるなど、大関としては不十分な成績が続いたが、通算勝ち星や幕内勝ち星などの歴代最多記録を更新。中高年ファンの励みとなり、野球賭博問題で琴光喜が解雇された後は横綱、大関で唯一の日本人力士だった。

来る時が来たという「印象」である。
ある意味、「日本人唯一」の大関としてがんばった。

場所の途中で以下の流れもあり、心配はしていた。

日本相撲協会は15日までに、元幕内起利錦の浅香山親方(本名・山田利郎、群馬県出身、鏡山部屋)が年寄「雷」に名跡変更したと発表した。「浅香山」は大関魁皇が所有しており、「雷」は空き名跡となっていた。

やはり、「予感」はあたった。

今は、「ご苦労様」としか言えない。
しかし、「日本人、大関」」がいないとは寂しい。

ひとつの、「大相撲」の時代が終わったのかもしれない。
1047勝は、「前人未到」の記録である。

寂しいが、とにかく、まずは、「ご苦労さまでした」




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