三枝の「文枝」襲名が話題になったのでふと想い出した。

もとは「上方の名跡」である。10代目桂文治のことだ。
この名前は「上方落語寄席興行の祖」と言われている 
初代 桂文治からの流れのある「名跡」である。

最近発表され、弟子の「桂平治」が継ぐことになった。
うれしい限りである。

さて、先代の桂文治の「エピソード」は今でも
「寄席」のネタでもことかかないが(笑)

江戸言葉に厳格だった師匠
小竹向原を「こたけむかいはら」ではなく「こたけむこうはら」
だと、鬼子母神を「きしぼじん」ではなく「きしもじん」だと。
車掌や運転手に「注意」していたと(平治談)

電車の中で脚を組んでいる「礼儀知らず」をわざと
自分からぶつかってみたり、手にした杖でポンと脚を
払って歩くわけですよ(笑) (平治談)

子供のまんま大人になったような、強情な師匠だったが
曲がったことは大嫌い。
誰の弟子でも小言を言ったそうである。 (平治談)

でも、人を裏切ったりはしなかった。

先代は、芸協会長の任期満了日に死去。80歳没。文治没後の会長職は
既に翌日の昇格が内定していた副会長の桂歌丸が就任した。

この「旅立ち」の仕方も「文治」らしい(笑)

どうでもいいことかもしれないが、「文枝」の襲名の話を聞いて
「無性」にこの「人」「先代文治」を想いだした。

平治さん、「期待していますよ!!!」




Secret

TrackBackURL
→http://hitorigoto25.blog22.fc2.com/tb.php/560-9e21f4fb