地震関係も気になるが、またまた「アイスブレーク」

先日京都の老舗JAZZ喫茶「YAMATOYA」で聴いて是非と思い
買ったCDである。

アニタ・オデイ/シングズ・ザ・ウィナーズ

アニタをご存知だろうか?

(以下アニタ・オデイ JAZZ100アーティストから抜粋)

アニタ・オデイ (vo)
1919年12月18日、イリノイ州シカゴ生まれ。
39年からプロ歌手として活躍、41年からジーン・クルーパ楽団の専属歌手となり
多くのジャズファンにその存在を知られるようになる。
44年にはスタン・ケントン楽団の専属歌手となり人気は不動のものとなる。
しかし数カ月で退団、独立してクラブなどで歌うようになるとその存在は忘れられるようになり、
40年代後半から50年代初めまでは目立った活躍はしていない。
(スタン・ケントンは彼女の後がまとしてジューン・クリスティ、クリス・コナー
などを採用するが、いずれもアニタ・オデイに似たタイプであった)
52年、ノーマン・グランツの下で復活、ヴァーヴレコードで名作を次々と出す。
58年にはニューポート・ジャズ祭に出演、映画「真夏の夜のジャズ」にその時の
様子が納められていて、その素晴らしいヴォーカルが映像でも見ることが出来る。
63年には初来日、78年・81年にも来日しこの時には日本でレコーディングもしている。
ミルドレッド・ベイリーと共に白人女性ジャズボーカリストの先駆者的な存在で、
ハスキー・ヴォイスシンガーのはしりでもある。

親日家としても、有名なJAZZボーカリストであるが、音楽人生は「波乱」に
満ちている。

『真夏の夜のジャズ』での映像で国際的な人気者に。
しかし、そのころ麻薬中毒にかかり、復活へと、がんばるが今度は
「アルコール中毒」に・・・・・

「わたしはシンガーではなく、ソング・スタイリストなの」という名言を残した
天才白人ジャズ・シンガー、アニタ・オデイの人生を描いた映画
『アニタ・オデイ:ザ・ライフ・オブ・ア・ジャズ・シンガー』という
作品もある。

そんな、アニタの代表作はオスカー・ピーターソントリオとの競演の
「アニタ・シングス・ザ・モスト」(バーブ)である。
ハーブ・エリスのギターもいいんんだよね。
学生時代に飽きるくらい聴きましたよ。

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でも、今回紹介したいのは

「アニタ・オデイ/シングズ・ザ・ウィナーズ」

エリントン楽団やディジー・ガレスピー、マイルス・デイヴィスやスタン・ゲッツらと吹き込んだ代表的ヒット・ナンバーを、アニタ・オデイ自らがセレクトした好企画盤。今回は1952~62年録音の曲も追加収録。
メンバーの豪華さがすごい!!!

その他、オスカー・ピーターソン、ウディ・ハーマン、ジーン・クルーパ
ベニーグッドマン、ジェリー・マリガン、アーティ・ショウ、コールマン・ホーキンス
スタン・ケントン、ジミー・ランクフォードなど・・・

すごいよね。そのなかで独特の「ハスキー」な「アニタ節」が炸裂!!!

1. A列車で行こう
2. テンダリー
3. チュニジアの夜
4. フォア
5. アーリー・オータム
6. フォア・ブラザーズ
7. シング・シング・シング
8. マイ・ファニー・ヴァレンタイン
9. フレネシー
10. 身も心も
11. ホワッツ・ユア・ストーリー・モーニング・グローリー
12. 南京豆売り
13. ウィスパー・ノット
14. ブルー・シャンペン
15. サヴォイでストンプ
16. ハーシー・バー
17. その手はないよ
18. ピール・ミー・ア・グレープ
19. スター・アイズ

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アメリカでのアニタの評価は意外に低かったようである。
あの切れのいい、スイング感を最も愛したのは世界中で日本人が一番だった。

そして、アニタは日本が大好きであった。



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