出張の折、またまた訃報が。

坂上二郎さんがなくなった。体調を崩していたとはいえまだまだ
早すぎですよ。76歳。

二郎さんと言えば、なんと言っても「コント55号」

(以下ウィキぺディアより)
コント55号の笑いはハプニング的な物が多かった。一応岩城未知男が書いた台本があるのだが、萩本は坂上に台本を読ませなかったり、突如ステージで台本を無視して舞台上で坂上に無理難題をふっかける(坂上は非常に記憶力がよく台本を読ませると完璧に覚えてしまい、全てが予定調和になってしまうため)。坂上は困惑したが、これを全て笑いに変え見事に萩本の仕掛けた罠をクリアする。この過程で上記のように坂上が決めゼリフを頻発し、笑いを畳み掛けた。結局コント55号の笑いは坂上抜きには成立せず、ビートたけしをして「最高の受け役」と言わしめている。55号のギャグは坂上二郎そのものであるのかも知れない。坂上は後に「二度同じネタをやったことはなかった。」と述べているが理由は前述の萩本のアドリブのためである。

ビートたけしの発言こそ、至言であるよね。

「飛びます、飛びます」 - コント55号のコント「結婚コンサルタント」
で、飛行機の手振り付きで用いられたフレーズ。
何度聴いても最高である!!!

また、歌のうまさも「ピカイチ」であった。
以下の経歴からも「なるほど」納得である。

青木光一の付き人や島倉千代子の専属司会者を経て、獅子てんや・瀬戸わんや門下となり、漫才コンビ「安藤ロック・ロール」を結成する。解散後、「安藤ロール」の名のままストリップ劇場・「浅草フランス座」のコメディアンとなり、阿部昇二に師事。幕間コントで萩本欽一と共演した。

実は、二郎さんは昔、私が住んでいた「練馬区土支田」にいて、うちのベランダからも二郎さんの
豪邸を見ることができた。

ある時、小学校から帰ったら、ベランダから二郎さんの家が火事でほぼ全焼した。
しかし、すぐにまたすばらしい家を「建替え」てさすが芸能人はすごいなと
思ったのであった。

近所の「カラオケスナック」にも出没するなど、芸能人なのに気さくな人
だなあと、うちの母ともよく話していたのが、まるで昨日のことのようだ(涙)

ちなみに、歌では、以下のヒットも飛ばしている。

コメディアン、俳優と並行して念願の歌手としても活動した。1974年に『学校の先生』がヒットした。その後は『風まかせ 新・諸国漫遊記』テーマソングとなる『風まかせ』や、ユニコーンとのコラボレーションである『デーゲーム』などを歌う。美声と独特の節回しで知られる。また、坂上の声が『柿の木坂の家』で有名な青木光一に似ているとも言われる。もともと岡晴夫の持ち歌だった『憧れのハワイ航路』をTVなどで数多く歌っている。

いい声だったよなあ。下手な歌手より、よっぽど聴きごたえがあった。

先生役では、以下のドラマもあった。よく見ていたよ。
たぬき先生奮戦記(1975~1976年、フジテレビ)

本当に、いろいろ思い出がある芸人さんであった。二郎さんが好きだった
成増駅そばの「焼肉・明洞」さんの前を通るたびに思い出してしまいそうだよ。

坂上二郎さん ありがとう。 安らかにお眠りください。

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(写真は日刊スポーツより)
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