今朝の、日本経済新聞 「交遊抄」

86歳の声帯模写 柳亭市馬

(記事一部)
私は子供のころからの懐メロファン。ラジオやテレビから流れてくる東海林太郎、藤山一郎
灰田勝彦ディック・ミネ、淡谷のり子さんたちの歌を
聞き覚えては友達の前で歌いまくっていた。
この往年の大歌手たちの若々しい声そのままに今も歌い続けているのが、この道68年になる
歌謡声帯模写の白山雅一先生だ。


市馬師は、10年前のラジオの公開放送でご一緒して、ご挨拶したのがきっかけで
かわいがって頂いているとのこと。


白山雅一先生は、あの初代柳家三亀松師のお弟子さんだったひとである。

(ウイキぺディアから)

1942年(昭和17年)9月、大阪花月劇場での公演を終えた三亀松に弟子入りを直訴し、入門を認められる。9月11日に上京し、上野・池之端にある三亀松宅に内弟子として住み込む。入門間もないある日、白山の芸の腕を試すため物真似をやらせた三亀松は、思いのほか芸達者であったため早めにデビューさせることを決めた。同年11月の上席、横浜花月劇場の「風流三味線しぐれ」という喜劇にて「柳家亀松」の名で初舞台を踏む。「亀松」の名は、三亀松の実弟・隆啓の進言により、三亀松の寄席芸人になった時に名乗った名前が付けられた。

市馬師談

夜中に電話が掛かってきては「藤山さんは常に楽譜通りに歌われるが、岡晴夫さんは
ステージではお客さんに合わせてテンポアップし、テレビではこんなふうだった」
と歌って聞かせてくれる。

私も、市馬師の「独演会」でゲストで出た時に拝見したことがあるが、それはそれはお元気で
体の姿勢もよく、「オカッパル」そっくり。灰田先生や、辰巳・島田両御大の真似なども秀逸である。
この「86歳の元気」すばらしいものである。

市馬師も「五十路間近」の身としてあやかりたいとのこと。

これからも、お元気で、「すてきな芸」を聴かせて頂きたいと私も思っていますよ。


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