所用により、行けなかった 「第35回 東西落語名人選 9月19日 神戸文化ホール」

以下は、大阪の私の師匠からのレポートです。
お楽しみください。

東西落語名人選

まずは、三遊亭兼好さんの「看板の一(ピン)」です。兼好さん、いいですね。噺家さんらしい明るい声をしています。出てくるだけで、高座が明るくなるような雰囲気をもった噺家さんです。この演目は、上方でもよく演じられていますが、登場人物の、憎めない市井の一庶民といった性格が表現されています。兼好さんの噺を聞いていると、自然と笑顔になってくるようですね。

で、次がおなじみの笑福亭松喬師匠。出し物は「牛ほめ」。この師匠の語り口調はたまりません。それだけで上方落語を聞いているなあと感じてしまいます。この口調こそが、笑福亭の芸風です。陽気で、ちゃらんぽらんでいて、しかも少しリアルな合理性をもった、上方人に特徴的な性格をもった人物が登場すると、それだけで落語になってしまうのです。この噺の登場人物は決して頭が悪いわけではありません。ちゃんと相手の会話に鋭く反応しているところをみても、それがわかります。ただ、普通の人とリズムが違うだけなのですね。本当に松喬師匠、最高です。

続いて、柳家小三冶師匠の「千早振る」。私は生で聞くのは初めてです。出てくるなり、やる気があるのかないのかよくわからないような噺が続きます。よく言えば自然体。悪く言えば手を抜いているのかなとも思えるような口調です。で、枕を振っていたと思っていたら、いつの間にか噺に入っています。2人の男が登場して、在原業平の和歌の解釈が始まっているのです。で、和歌の解釈のはずだったのが、いつの間にか、そういうことは忘れさせて竜田川と千早花魁との、とんちんかんな噺が延々と続いていきます。最後に、このとんちんかんな噺が、和歌の解釈だとわかります。ここにきて、全てが結びつくのですね。あとは噺の終わりまで一気呵成に進みます。最初、ポカンとしていたお客さんも大興奮です。大爆笑のうちに噺が終わりました。スゴイです。その一言しかありません。この結末のために、全てが進行していたのです。こうなると、噺の緩急とかそういうレベルではありませんね。見事に小三冶ワールドにはまってしまいました。

中トリは、春団治師匠。もう何もいうことはないでしょう。演目が「代書屋」。十八番中の十八番のネタです、と言いたいところですが、春団治師匠のネタは全てがそうですから、あまり強調もできないのですが。私は、代書(屋)はもう、いろんな噺家さんで、何十回と聞いています。春団治師匠の代書屋はもう、すべてが寸分違わずきっちとはまっています。で、今回、気づいたことがあります。この噺は、ちょっと変わった男(相当かもしれませんが)と代書屋とのやりとりなのですが、河合浅治郎(師匠の噺での主人公の名前です)のボケを代書屋が受けて噺は進行します。要するに、河合浅治郎が主で、代書屋が従の関係で噺は始まりますが、途中でその関係が逆転しているような気がするのです。河合浅治郎のおかしい行動を笑っていたはずですが、途中から、代書屋さんの困惑した態度により反応していることに気づかされます。受けのおもしろさがいつの間にか、主に逆転してしまっています。春団治師匠は、代書屋さんの困惑した仕草を丁寧に、また時間をかけて演じています。確かに、噺の後半部分は、代書屋さんにより笑ってしまいます。しかも、この笑いの方が、麻薬的なところがあります。私は、久しぶりに涙を流してしまいました。春団治師匠のこの噺が、この最初の男(河合浅治郎)と代書屋とのやりとりだけで終わってしまうのが納得できるような気がしました。

中入り明けは、月亭八方師匠の「算段の平兵衛」。このネタは、八方師匠もよく演じられますが、八方師匠のお師匠はんである可朝師匠も演じておられます。可朝師匠、八方師匠は米朝一門ですので、別に不思議はないのですが。このネタは場面転換が多く、登場人物の会話の間に地の文が多く挿入されるのですが、その場面で語りが八方師匠自身の語りに戻るので、何かほっとします。この師匠のトークは独特のおもしろさがありますので、場面転換の多いネタもすんなりと進行していきます。活動写真の弁士のような噺の進み方です。よく考えますと、この噺は非常に暴力的な噺で後味のいいものではありません。しかし、この師匠の天性の明るさが、噺の暗さを吹き飛ばして、すっきりした味わいにしているのは、さすがですね。

トリは、桂歌丸師匠。演目は「藁人形」。こういう演目があることは知っていましたが、実際に聞くのは初めてです。で、実際に最後まで聞いてみて、まず感じたことは、これはどういう分類の噺なのだろうということでした。芝居噺でもないし、怪談噺でもないし、人情噺でもない。逆にいうと、芝居噺のようでもあり、怪談噺のようでもあり、人情噺の要素もあるような不思議な演目です。上方ではまず聞かれないネタです。上方では、笑いの少ないネタはあまり好まれません。またこの噺は、サゲの部分に笑いがあるだけといった噺です。で、少しこの噺を調べてみました。ですからここからは、落語会のレポートではなくなります。

まず、前田勇さんの「上方落語の演題とオチ」をみてみますと、ちゃんと載っています。少し長くなりますが引用してみます。

丑の時参り 東京「藁人形」
 オチ:「相手の男が糠屋やさかい」
 参考:東京の「藁人形」では、相手を糠屋の娘とする。原題は江戸小咄「神木」(安永2年版「坐笑産」所収)で、「丑の時参り、神木に灸を据えて居る。宮守見付け「なぜ釘を打たぬぞ」「何を隠しましょう。私が呪う男は糠屋さ」

上方でもこの噺が演じられていたのですね。上方の噺のオチの方が原題には近いようです。「丑の時参り」という演目は知りません。というより今は絶えていると思います。で、渡辺均さんの「落語の研究」を見てみますと、明治末期に出来た「浪花桂派落語演題集」の中ネタの箇所に「丑の時参り」が掲載されています。ということは、明治末期までは、上方でも演じられていたことがわかります。どのように演じられていたのでしょう。もう少し笑いがあった噺のような気もするのですが、どうでしょうか。

次に、この「藁人形」について調べていきますと、この噺は、五代目古今亭今輔師匠や八代目林家正蔵(後の彦六師匠)また、五代目古今亭志ん生師匠らが演じられていたそうです。また、歌丸師匠の演り方は、正蔵師匠のものを多く取り入れているらしいということがわかりました。さらに古くには、初代三遊亭圓右師が演じておられたそうです。おもしろいですね。初代三遊亭圓右、五代目古今亭今輔、で歌丸師匠。見事に、師弟のラインで繋がっています。直接的に伝えられたものではないでしょうが、(今輔師匠や正蔵師匠は、三遊亭一朝師『圓朝門弟で三代目圓蔵、圓楽、小圓朝などの名跡を名乗られたお師匠はんです』に稽古を付けてもらっていたらしいです)因縁めいたものを感じませんか。初代圓右師、一朝師を遡りますと、三遊亭圓朝師にまで行き着きます。
ということを考慮してみますと、この「藁人形」という噺は、江戸末期から明治初期辺りの雰囲気を多く残している噺なのではないかと推測できます。確かに、この噺は「落とし噺」というのに一番似つかわしい噺です。もともとの落語とは、こような噺ではなかったのだろうか、などという気がしてくるのです。このような原型の噺に、後世の噺家さんの工夫が取り入れられて、今のような噺が出来上がっていったのでしょう。あるものは、人情噺風にアレンジされていったのでしょうし、またあるものは、笑いの要素を追加されていったのでしょう。でも元をたどってきけば、この「藁人形」のような噺に収斂されていくのではないでしょうか。
 などということを考えさせる演目でした。でも、上方の「丑の時参り」ってどんな噺だったんでしょう。これは宿題です。
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